本田さんは、お母さんの看護をするために、彼との別れを決心しました。
お母さん看護は、どうしても自分がしなければならない。
でも、彼との結婚も諦めきれなくなった。
そんな悩みを、ご祈念堂の護符に念じることで無事解決した本田さんの体験談を紹介します。
母の看護と彼との別れ
学生時代に、友人の紹介で付き合っていた彼がいました。
付き合い始めて5年が経っていて、そろそろ結婚したいねと話し、両家への挨拶の日取りなど考えていました。
そんな時、私の母が、くも膜下出血で倒れました。
母の容態は深刻でした。
母は、意識不明の重体で、この先どうなるか分からない状態でした。
私は、社会人になってまだ2年目です。
母には、何も恩返しができていません。
そして、私自身が看護師であることから、彼の住む街に借りていたアパートを引き払って実家に帰り、母の看病をすることを決意しました。
こんなに長くお付き合いしたのに、こんなに大好きな彼なのに、結婚できないなんて。
私には、結婚運がないのだろうと諦めはしたものの、とてもつらい決断でした。
別れても好きな彼
彼と別れ、実家に帰って、必死の思いで母の看病をしました。
お蔭さまで、母の意識は回復したのですが、まったくカラダが機能しません。
こんな状態でも、ふとした時に心に浮かぶのは、大好きな彼のことです。
彼の声が聞きたい。
看病で疲れた体を、彼に抱きとめてもらいたい。
別れを決意したはずなのに、やっぱり彼を諦めきれない自分がいました。
ご祈念堂の護符
母の看病の合間に、スマホを見ているとき、偶然ご祈念堂の護符を見つけました。
ご祈念堂の護符のページには、
『この世で叶わぬ願いはございません。私が神仏より授かった霊力で皆様の願望が成就されますよう世界で唯一の存在となる護符を作成いたします。』
と、茉莉花先生の手書きの文章かありました。
もしかすると、母の病状が回復して、彼と復縁できるかもしれないという期待が大きく膨らんできました。
そう思うと、矢も楯もたまらず、その場でご祈念堂の護符を申し込みました。
一つの願いに、1組ということなので、私は、母の回復の護符と、彼との結婚の護符をお願いしました。
申し込みしてから、約10日後に護符が届きました。
護符は2枚一組で、1枚は額に入って届きました。
もう1枚は、しっかりと封印されて届きました。
封印された護符は、他の人に見られると効力がなくなるということで、きれいに折りたたんで財布に入れました。
彼との復縁と母の回復
毎日、母の回復と、彼との結婚を護符にお願いしました。
財布に入れた護符は、毎日寝る前に取り出して、誰にも知られないようにこっそりとお願いしました。
その甲斐あって、徐々に母の病状が回復してきました。
まだまだ、反応は鈍いのですが、こちらの問いかけなどにこたえようとしているのが分かります。
そして、1ヵ月ほど経ったある日、驚いたことに、突然彼が母の入院している病院に来てくれました。
彼は、婚約指輪を準備してプロポーズしてくれました。
まさかの展開に私はパニック。
『母はどうなるかわからない。いつまでもカラダの機能が回復しないかもしれないし、介護生活が始まるかもしれない。』と告げました。
彼は、『待っている。会いに来るし、ほかの人との結婚は考えられない。』と言ってくれました。
それから月に1度会う生活が始まり、母の状態も回復してきました。
徐々に動けるようになり、一人で生活はできないものの車いすで動いたり、コミュニケーションをとったりできるまでに回復しました。
結婚できた
彼との結婚を、家族にも相談しました。
家族は、『自分を犠牲にしすぎてはお母さんも悲しむよ。お母さんにウェディング姿見せてあげて。』と後押ししてくれました。
母が倒れてから2年後、ついに彼と結婚することができました。
私が納得いくまで母の看護をさせてくれた彼。
結婚の後押しをしてくれた父や祖母。
病気になってから表情が固いのに誰よりも涙を流して喜んでくれた母。
そして、母の回復と彼との結婚を叶えてくれたご祈念堂の護符と茉莉花先生。
みんなのおかげで幸せになれました。
本当に感謝しています。
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