大分県の高塚愛宕地蔵尊で子宝祈願の翌月妊娠した38歳主婦の口コミ

大分県の高塚愛宕地蔵尊で子宝祈願

大分県日田市にある高塚愛宕地蔵尊子宝祈願して、翌月に妊娠が分かった38歳の主婦が口コミを書いてくださいました。

  • 子宝寺院:高塚愛宕地蔵尊
  • 寺院の場所:大分県日田市
  • 当時の年齢:38歳

高塚愛宕地蔵尊で子宝祈願で翌月に妊娠

高塚愛宕地蔵尊で子宝祈願で翌月に妊娠

私は、不妊治療2年(排卵誘発剤使用)していました。

なかなか不妊治療の効果がなく、不安感でいっぱいになっていました。

そんな時、同じように妊活していたる友だちから、高塚愛宕地蔵尊のことを聞きました。

妊活仲間の妊娠

私よりも、1年ほど早く不妊治療をしていた友だちがいました。

彼女も、なかなか子宝に恵まれず、妊活も3年目を迎えていました。

ある日、彼女から連絡がありました。

『妊娠した。』というものです。

『おめでとう。』と、すぐに返事を帰しましたが、心の中は複雑でした。

自分だけ取り残されたというのか、自分だけできないという不安なのか・・・

祝福したい気持ちは山ほどあるのに、素直に喜んであげられない自分がいました。

そんな時、その友だちが、高塚愛宕地蔵尊のことを教えてくれたのです。

高塚愛宕地蔵尊の乳銀杏

高塚愛宕地蔵尊の乳銀杏

友だちは、大分県日田市にある高塚愛宕地蔵尊に、子宝祈願に行ったと教えてくれました。

『高塚愛宕地蔵尊には、乳銀杏(ちちいちょう)というご神木があって、そのご神木に触れると子宝が授かった。』

ということを教えてくれました。

自分も、高塚愛宕地蔵尊の乳銀杏に触れて、4ヵ月目に妊娠が分かったというのです。

大分県日田市へ子宝祈願のお参り

大分県日田温泉

私も、高塚愛宕地蔵尊のご利益を授かりたいと思い、早速夫に子宝祈願に行こうと言いました。

夫も、子供を欲しがっていたので二つ返事でOKしてくれました。

そして、どうせなら日田温泉に泊まろうということになりました。

運気アップの旅行には、その地で採れたものを食べ、温泉に浸かるとよいと書かれていたからです。

夫と、高塚愛宕地蔵尊の子宝のご利益と、日田温泉のエネルギーをたくさん授かろうねと言いながら行きました。

高塚愛宕地蔵尊で子宝祈願

高塚愛宕地蔵尊で子宝祈願

いよいよ高塚愛宕地蔵尊子宝祈願です。

高塚愛宕地蔵尊の印象は、おかかえ地蔵や恵みの玉など、ご利益があるものが他の寺院などより多いように思いました。

高塚愛宕地蔵尊の長い階段を上り、大きな鐘を1人ずつ鳴らしました。

ご神木の乳銀杏は、鐘の横にありました。

さすがに樹齢1000年を超す銀杏のご神木です。

その大きさと迫力に圧倒されました。

でも、ご神木に触れるのは、お地蔵様にお参りしてからにしました。

ろうそくと3本組の線香を購入し、火をつけたろうそくを立て、そのろうそくで線香に火をつけます。

線香を立てる場所があり、たくさんの線香が炊いてあるため、その煙を手であおいで自分の頭などにしっかりかけました。

高塚愛宕地蔵尊恵みの玉

拝殿でお願いをして、拝殿の裏にある『恵みの玉』をさすって、子宝が授かるようにお願いしました。

そして、お地蔵さまの神殿の裏にある『おかえり地蔵』を抱えて、ここでも子宝が授かるようにとお願いしました。

お地蔵さまの神殿の後ろには、たくさんのお地蔵さまが並んでおられます。

高塚愛宕地蔵尊のお地蔵様

その中には、田村亮子さんの名前の書いてあるお地蔵さまもありました。

お地蔵さまの表情は、一つ一つそれぞれ違います。

トンネルのようになっているところがあり、その中央に大きな閻魔様が座っています。

閻魔様の足を触るとご利益があるとのことで、皆さん並んで足を触り手をあわせていました。

お地蔵さまの神殿の下にある霊水もいただきました。

そして、いよいよ乳銀杏に触り、子宝祈願をしました。

その日は、日田温泉の『小京都の湯 みくまホテル』に泊まりました。

日田温泉は、大きなホテルがない、しっとりとしたいい感じの温泉地でした。

温泉は、その土地のパワーを体内に取り込むことができるそうです。

高塚愛宕地蔵尊から帰った翌月私の妊娠が発覚しました

なんというご利益でしょうか。

おかげさまで安全で、無事男の子を出産することができました。

夫は、子供がもう少ししっかりと歩けるようになれば、高塚愛宕地蔵尊にお礼参りに行こうと言っています。

小京都の湯 みくまホテル
>>>詳細ページへ

大分県の高塚愛宕地蔵尊について

高塚愛宕地蔵尊は、奈良時代に行基という高僧が、山中で地蔵菩薩にお祈りしていました。

その時、行基は、イチョウの木の中ほどに、金色の光を放つ3つの玉を見ました。

行基が、イチョウに登ってみると、3つの玉の内で最も良く輝いている玉は、乳房の形をした宝珠でした。

行基は、自分で地蔵菩薩の像を彫り、お祀りしました。

その後、イチョウは、『乳銀杏(ちちいちょう)』と呼ばれ、子宝を恵む霊樹として崇敬されてきました。

行基が亡くなった後、乳銀杏の横に行基が彫った地蔵尊をお祀りしたのが、高塚愛宕地蔵尊の由来です。

高塚愛宕地蔵尊は、一生に一度どんな願いでも叶えてくださるお地蔵さまです。

高塚愛宕地蔵尊
大分県日田市天瀬町馬原3740

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